2020年7月14日火曜日

金の価格が高騰

金鉱脈、砂金を探してみませんか?

2020.7.13(月)18:58の読売新聞オンラインで、つぎの記事が配信されています。
セオリー破りの高騰であるとか、異例の上昇基調であるとか、金を保有していない私にはチンプンカンプンな内容で、まったくなにもわからないのですが、今春以降に最高値を更新したことは、すごいことなのだろう・・・ということが、おぼろげながら私にもわかります。
金といえば田中貴金属工業ですが、同社のHPで金の価格とその推移をみてみましょう。
金の税込小売価格は、6,848円/グラム(2020.7.13 09:30公表)になっています。
6月はじめからの小売価格は、つぎのグラフのとおりです。
金の価格については、戦乱とか政情不安のときには、資産としての保有価値が高く評価され、一般的に高騰するといわれています。
もちろん、富の象徴として、また権力の象徴として、金の需要には根強いものがあります。
たとえば豊臣秀吉が築いた建物の瓦には、金箔が施されていたとか、金箔をふんだんに使用した茶室があったといったことなど、権力と金の関係、これは切っても切れない関係であることは、日本ばかりでなく西洋でも同じことがいえます。

日本には佐渡の金山のほか、各地にいっぱい金山があり、多くの金を産出していました。
興味のある方は、『日本金山誌』をお読みになってみてください。
お住いの近くに、かつて金山があった、ということを〝発見〟するかもしれません。

金鉱脈探しのご参考までに、ウイキペディアの記事を紹介(↓)します。

 経済的に金鉱山と言える物は平均して1000 kgあたり0.5 gの金を産出する必要がある。

 典型的な鉱山では、露天掘りで1 - 5 g/1000 kg (1 - 5 ppm)、通常の鉱山で3 g/1000 kg (3 ppm) 程度である。

 人間の目で見て金と分るには鉱脈型の鉱床で少なくとも30 g/1000 kg (30 ppm) 程度の濃度が必要で、それ以下の金鉱石では鉱石内に金があることを人間の目で見分けることはほとんどできない。

              出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金鉱脈探しはどうもむずかしそうだな・・・という方には、砂金探しはいかがでしょうか。

日本には砂金が採取できる場所もあります。
砂金一粒がいくらになるか・・・、そんなことを考えながら砂金探しをしてみるのもおもしろいかもしれませんが、見つけたときのよろこびを素直に感じる、そんな楽しい野外の遊びの一つとして、この夏の遊びに砂金探しはいかがでしょうか。

※ 川での遊び-砂金探しに限らず、すべての遊びにおいて-では、
河川法をはじめとする法規制を順守するとともに、
夏場の大雨などによる急な出水、増水には十分に気をつけて、
正しく安全に。をよろしくお願いいたします。



2020年7月8日水曜日

『群馬歴史散歩』第263号

見取図は本邦初公開かも・・・
西ノ牧鉱山編(その1)

このほど『群馬歴史散歩』第263号が発行されました。
第262号から始めさせていただいた連載の第2回目となります。
第263号の連載第2回の冒頭部分(↓)です。
鉱石図鑑などの場合、西牧鉱山と表記しているものがあれば、西ノ牧鉱山と表記されていたりで、どっちが正しいのだろうかと疑問に思われている方も多いのではないでしょうか。
鉱山の場合、経営者の交代により、鉱山名が変更されることもありますし、縁起をかついで名称を変えるといったこともあるようですが、西牧か西ノ牧か、そのどちらかということになれば、西牧鉱山ではなく西ノ牧鉱山であった、これが正しいのではないかと考えました。
しかしながら西牧でも西ノ牧でもない名称の文書もあります。
鉱山名(その変遷)に関しては、『群馬歴史散歩』の第265で紹介したいと考えています。
鉱山名の変遷は、きっとおもしろい内容になるのではないかと思っているところです。
第263号において、前号のお詫びを掲載させていただいています。
第263号では西ノ牧鉱山の見取図を紹介しています。
この見取図は、本邦初公開といいますか、おそらく鉱山研究者の方でもご覧になっていないのではないかと思いますが、その見取図を第263号の14・15頁に掲載しています。
見取図については、たいへん申し訳ありませんが、第263号でご覧いただければ幸いです
その代わりに、ということではありませんが、海軍の事務用箋に地元の方々の記録が残されていたこと(これも本邦初公開かもしれません)を、ここで紹介させていただきます。
どうぞ、『群馬歴史散歩』(第263号)をご一読いただければ幸いです。

『群馬歴史散歩』の購読(会員制)申し込みは、
  群馬歴史散歩の会事務局 
   〒379-2154 
   前橋市天川大島町317-1 
   電話 027(223)2785  FAX 027(223)2785
までお願いいたします。

※ 群馬県立図書館をはじめ、
群馬県内の公立図書館であれば、
『群馬歴史散歩』が置かれていると思いますので、
こちらでお読みいただくこともできます。

2020年5月5日火曜日

クレオパトラのアイシャドウ

アンチモン

 古代ギリシャやアラビアの女性たちは、眉墨あるいはアイシャドウに黒色の鉱物粉末を用いていた。エジプトのクレオパトラも愛用していたといわれている。この粉末は、現在の輝安鉱で主成分は硫化アンチモンと思われる。
 この眉墨は当時、stibiとかstimmiと呼ばれていた。このため元素記号のほうはラテン語のstibiumからきていると思われる。愛媛県の市ノ川鉱山から採鉱された美晶の輝安鉱は、海外にも広く知られている。
       『元素118の新知識(桜井弘編・講談社ブルーバックス)』256頁から引用

『原色鉱石図鑑(保育社)』の第30図版(↓)は、市ノ川鉱山産の輝安鉱です。

残念ながら私は図鑑で見ているだけで、実物を見たことがありませんが、大きくて美しい輝安鉱は、ほんとうに美しいものだと思います。
新型コロナウイルスの感染防止のため、外出を自粛していますので、以前に採集した輝安鉱を紹介(↑)します。
市ノ川鉱山産の輝安鉱は、『原色鉱石図鑑(保育社)』の表紙(↓)にもなっているほどです。
市ノ川鉱山産のように大きくありませんが、きらきら光る、その美しさは、まさに輝安鉱の輝き(↓)です。
ところで、アンチモンについては、
 アンチモンは100mgで中毒症状を示し、非常に毒性が強い。
      『元素118の新知識(桜井弘編・講談社ブルーバックス)』257頁から引用
とのことで、クレオパトラをはじめ、古代ギリシャやアラビアの女性たちに健康被害がなかったのか、そこが大いに気になるところですが・・・。
美しく装いたいという女性の気持ちを、このアンチモンが叶えてくれていたのかもしれません。
絶世の美女として有名なクレオパトラですが、アンチモンのアイシャドウを塗ったクレオパトラに会えるものであれば、会ってみたいものです。
現代のアンチモンの用途については、『元素118の新知識(桜井弘編・講談社ブルーバックス)』256・257頁で紹介されています。
外出自粛が解かれたときには、
研究会のメンバーで調査に出かけたいものです。

2020年4月11日土曜日

「群馬歴史散歩」

連載がはじまりました!!

群馬歴史散歩の会が発行している「群馬歴史散歩」の第262号から、拙稿を掲載させていただくことになりました。
伝統ある「群馬歴史散歩」に掲載させていただくことになったうえ、たいへんうれしいことに掲載第1回の表紙には、西ノ牧鉱山産の鶏冠石の画像を採用していただきました。
「群馬歴史散歩」は、群馬歴史散歩の会の会員頒布(入会申し込み先は、最後のところに記載しておきます)というシステムになっていて、書店では販売していませんが、群馬県立図書館をはじめ、県内の公立図書館で閲覧できます。
いまは、群馬県立図書館などがコロナウイルスの関係で休館になっていますが、開館して閲覧できるようになったときに、お出かけいただいて、拙稿に目を通していただければ幸いです。
第262号の「群馬歴史散歩」では、たいへん珍しい(と思っています)陸軍の罫紙に書かれた記録-どんな記録か・・・は、第262号をご覧ください-も紹介(↓)しています。
【入会申し込み先】
     群馬歴史散歩の会事務局
       〒379-2154 前橋市天川大島町317-1
           電話・FAX  027(223)2785
           郵便振替口座 00370-4-9646

(本多優二)

2019年12月30日月曜日

鉱山・SL・草軽電鉄

映画「ここに泉あり」

大きな鉱山であれば、そこで多くの人々が働き、学校に通う子どももいっぱいいた、そんな時代を感じさせるシーン(↓)です。
「ここに泉あり」は1955年に公開された映画で、この当時の駅や鉄道などがたびたび登場します。
これは、高崎駅前です。
索道で、搬器がいっぱい動いています。
ロケのとき、搬器を動かす段取りなどで、鉱山関係者の方々が撮影に協力したかもしれません。
来年は2020年ですが、わずか65年前には、このような光景であったとは、まったく信じられない思いもします。
戦後まもなくの買い出しの場面では、列車に鈴なりになった人々がいっぱい見えています。
ここで紹介した「ここに泉あり」に登場した鉱山、SL、草軽電鉄は、すべてなくなってしまっています。
わずか65年前と述べましたが、65年間という歳月は、多くのものを変えていくものだなということを、この映画で実感しました。
鉱山跡地などを調べている者にとっては、この映画のなかで、鉱山の搬器が動いていることにも感動しました。
(扱い:本多)

2019年12月21日土曜日

鉱物をきれいに

小さな鉱物までよく見えます
きれいにしたあとの状態(↓)です。
採集したときの状態(↓)です。
全体的に鉄さび色になっていて、鉱物をはっきり見ることが難しい状態になっています。
以前、ぐんま鉱山研究会の会員である長井真さん(ミリオン洋菓子店倉賀野店チーフ:高崎市倉賀野町)に教えていただいたことを紹介(↓)させていただきました。

鉱物をきれいに   試してみませんか?

鉱物をきれいにするために使用した蓚酸(しゅうさん)(↑)です。
蓚酸を溶かした湯に入れる前(↑)の状態になります。
リフォーム番組のビフォー、アフターではありませんが、まったく違ったものになった感じがします。
採集した鉱物をもっとよく見てみたいとか、きれいにして飾っておきたいというとき、鉱物の洗浄をしてみるのはいかがでしょうか。
きれいにすることで、思わぬ発見もあるかと・・・
お試しになってみてください。

2019年12月15日日曜日

キリシタンと鉱山

「日本切支丹宗門史」
レオン・パジェス クリセル神父校閲 吉田小五郎訳・岩波文庫

以前に紹介した

企画展「かくれキリシタンと鉱山」
に展示してあった
「日本切支丹宗門史」
レオン・パジェス クリセル神父校閲 吉田小五郎訳・岩波文庫(↓)
で、キリシタンと鉱山に関する記述を調べてみました。
その一部を紹介します。
赤い矢印の先は、「蝦夷で甚だ豊産の金山が発見され・・・多くの坑夫が、その地に渡ったが、その中の若干は、キリシタンであった」という記述になります。
黄色い矢印の先は、「神父は、その伴侶と共に旅手形には、坑夫として書いて貰った」と記述されています。
「日本切支丹宗門史」における鉱山関係の記述については、つぎのとおりです。
見落としがあるかもしれませんが、これらの記述(↑)からは、当時の権力者が鉱山に関心を寄せていたこと、キリシタンにとって鉱山が隠れ家、逃げ場になっていたことがわかります。
つぎは、「薩藩金山の研究(大橋博)」の一部分です。
社会経済史学 1961年27巻 1号
いま「切支丹史の研究(海老澤有道・畝傍書房(昭和17年11月20日再版発行)」及び「増訂 切支丹史の研究(海老澤有道・新人物往来社(昭和46年5月10日)」をはじめ、「耶蘇會士日本通信 上巻(村上直次郎訳・渡邊世祐註・雄松堂書店(昭和41年9月10日改訂復刻版発行)などの記述を調べています。
これからもキリシタンと鉱山というテーマで、調べていってみたいと思っています。
(本多)